葛藤を超えて、ありのままの自分を受け止めることができるようになるまで

こんにちは、侑子(ゆうこ)です(@kchanotabi)

”今がミライに役立つメディア『ハレトケ』”の管理者をしています。

私は自称、旅するナースです。

気がつくとふらふらとどこかへ旅立っているので、自由きままに生きているように見られます。”自由に生きているように見られたい”という、意識の表れが、そうさせているのかもしれません。

そうは言っても

  • 毎日充実しているけれど、なんとなく満たされない。
  • 今の自分を変えたい。
  • 仕事は楽しいけど、これからの将来が不安。
  • 30歳までに結婚しなきゃ…。(周りの目が気になる)

と、よくある悩みと共に生きてきた、どこにでもいる20代女子です。

世間体と、理想の生き方との狭間で葛藤し続けている内の一人なのです。

いくつもの葛藤があった中で

”幸せに生きていきたいという願いは捨てられない。捨てたくない。”という想いは強く持ち続けていました。

平凡な私も、自分を幸せで満たしたい。
大切な人と一緒に、自分の人生を幸せに生きていく価値がある。

もともとマイナス思考だった私が、どのようにして自分を信じることができ、自分のことを受け入れることができるようになったのか。

今回はそんな話を書いていきます。

小児看護師になったきっかけ

”安定”を求めた将来設計

「しっかりしてるけど、なんか抜けてる」

そうやって、よく友達から言われました。

多くの失敗をしながらも、周りに支えてもらっています。

私の職業は看護師ですが、昔から志していたわけではありません。

”不安定な収入”の職には魅力を感じず、

「安定した職業」と「信頼される職業」に魅力を感じていました。

(注)安定を求めて看護師になるな

その時々で、様々な影響に揺さぶられながら

現在は小児看護師として働いていくことにやりがいを感じています。

どんなに辛くても、子どもたちに愛情たっぷり注ぐことだけは欠かしません。

きっけかけ

看護師に辿り着いたきっかけは、

大学受験のために浪人生を経験したことです。

高校3年生の時の志望学部は、今とは関連のない理系の学部でした。

行きたかった大学がすごく自分の好きな場所にあって、

行きたい学部 < 行きたい大学

という構図でした。

努力の甲斐なく、志望大学は不合格。

その後一旦は、私立大学に入学しようと決めていましたが

突然「あ、私無理かも」と頭をよぎりました。

大学に行く意味を見失った瞬間でした。

次の瞬間、浪人を決意していて

その旨を両親に伝えていました。

打ち明けられた家族のほうは衝撃的すぎて、

今でも「あの時は本当にびっくりした( ゚Д゚)」と言われます。

私が浪人して生活が苦しくなっただろうに

私の気持ちを汲んで、応援してくれた家族には

頭が上がりません。

給料をもらう身となってからはなおさら。

本当に感謝だなぁと思っています。

家族が嫌だなと思ったこともありますが。(ぼそっ)

その葛藤の記録はこちら

www.tabisurunurse.com

このような経緯があり、もう一度志望大学入学を目指すことにしました。

間違った目標設定により人生のどん底を味わう

高校の同級生が何人か浪人していたので

独りぼっち、というわけでは

ありませんでした。

けれど、辛かったのは

毎日が自分との闘いだったこと

そういう意味では本当に孤独でした。

叶うかもわからない目標に向かって勉強する。

両親にごはんを作ってもらい、

浪人中の授業料など

たくさんお金を出してもらう。

おんぶにだっこ状態。

自分の存在価値を見出せなくなっていきました。

自分で決めたことなのに、辛い。

何が間違っていたのだろうか。

なんのためにそこまで頑張っているのかが

わからなくなっていきました。

ただかむしゃらに頑張るだけは、意味がない。

自分は本当は何を実現したいのか。

 自分を苦しめているものの正体

考えた結果、そもそも何が自分を苦しめていたかというと

  1.  将来象を、なりたい職業に設定していたこと
  2. 受験勉強に時間が足りなかったのだと思い込んでいたこと
  3. 浪人すれば、必然的に国公立大学に行けると思ったこと
  4. 良い大学に行くことに価値があり、合格して周りを納得させたいと思ったこと
  5. 自分はかっこ悪くない。見下されたくない。周りを見返したい、という愚かな考えがあったこと

もともと浪人した理由は、

1の「なりたい職業」が見つからなったことが

一番の理由でした。

志望校でないうえに、

自分が大学で、またはその先で

何をしたいのかが見いだせなかった。

そもそも大学の授業についていける自信もない。

考えを巡らせて、

一旦「職業」のことは置いておくことにして

今後の人生で、何を学んでいきたいのか

ということにスポットを当ててみることにしました。

ここで自分の疑問に向き合えたことが

今後の自分を救うきっかけになったと思います。

自分の心にスポットを当ててみた結果、見えてきた感情

私は何を知りたいのか

ということを紐解いていくと

”私自身を知りたい”

という答えが返ってきました。

これまでの人生で、

自分がわからなくなることがたくさんあったから。

自分の感情をもっと理解したい。

それが何かの形で他者貢献できるかもしれない、と。

調べていくうちに初めて知ったのが

『発達心理学』という分野です。

子どもの体の成長発達には、

必ず心の成長発達が伴っています。

こどもの心の成長過程がわかれば、

自分のことが理解できていくかもしれない。

この過程の詳細はこちら

www.tabisurunurse.com

調べていくうちに

看護学で、こどもの発達心理と体のことを両方学べる!

ということがわかり、小児看護への道が拓けました。

この目標が決まったとき

自分自身がとても納得したことを覚えています。

 将来が明確なら、親にも浪人したことを認めてもらえる。
今後迷惑をかけることも少なくなる。

自分を苦しめていたよこしまな考え(↑)は健在でしたが

それでも自分の学びたいことが明確になる

ということは

人生の転機だったのではないかと思います。

必要なのは、

何者かになるということではなく

その何者という手段を使って

何を実現していくか

結局この後、国公立大学には行けず、

”一つのことを実現するために時間が関係している”とは思わなくなりました。

おかげで、”良い大学に入る(もはや、良いの定義が何かわかりませんが)”

という執着を捨てて

もっと自分の『できる』を伸ばしていこう

という思考に転換することができました。

生死に向き合い、自分の生き方について考える

東京で過ごした3年間

大学卒業後、地元の京都を離れて、東京で働き始めました。

働きたい病院があったことと

地元にいることに息苦しさを感じ初めていて、

離れたい気持ちがあったからです。

小児がん病棟で働き始めます。

この3年間の経験や、職場の同僚、

こどもたち、その家族との出会いは

本当に今後の人生の財産であると思います。

☟過去の記事

がんとともに生きるこどもたちとの生活~看護師ができること~ – ⁂WaKuWaKa⁂

”生きるとは何か

死ぬとは何か”

大好きな子どもたちが亡くなっていく現状を見て

何度も考えました。

看護師が彼らに何ができるのだ…と。

そして、今を懸命に生きる人たちを見て

自分も今を生きたいと思いました。

過去にとらわれる自分に、疑問さえ感じ始めました。

誰もが例外なく大切にされる存在、という気づき

過去にとらわれていたことの一つとして

親のことが「嫌いだ」と思う経験がありました。

実際に働いている中でも

親が子に、明確な愛情表現ができていなかったり
声を荒げてしまっていたり…
そんな場面も見たことがあります。

そのような家族で、愛着形成(=特定の養育者と情緒的な関わりを持ち、心と体の安全を形成すること)がうまくいかない可能性があるなという家族もいました。

そういう子どもの中には
「親から愛情をもらえなかった」
という記憶が残る子が出てくる可能性があります。

私もその内の一人であると
自覚しています。

このように多くの家族と関わる中で

親やその兄弟を含めた家族との関係が、子どもの心の成長発達に大きな影響を与えていることを目の当たりにしてきました。

そこで、子どもにとって

親ってなんだろうと思いました。

そのとき私が考えたのは

親は、幼き子どもにとっての全て、です

幼き子どもたちにとって見える世界は限定的で、

親や身近な人たちは世界の全てです。

そう思うと、看護師としての関わり方1つも慎重になります。

自分の関わりが、プラスにも大きくマイナスにも

傾く可能性があるからです。

一方で、親にとっての子とはなんだろう、と。

思うに、存在していることに意味があります

  • 子どもに障害があるないなんて、関係なく愛おしい。
  • 予後は見込めないけれど、わずかな治療の可能性に賭けたい。
  • 脳死状態でも、一緒に生活していきたい。

看護の仕事を通して

親や、その家族の温かい愛情に

たくさん触れてきました。

一方で私は、

自分に存在価値なんてない

と思ったことがあります。

でも、本当にそう言い切れるのか?

自分という人間は、必ず誰かにとって大切な存在です。

自分で自分の存在価値を下げているから、

周りもそのそのように

扱ってしまうのではないでしょうか?

私はもっと

自分を大切にする術を

学ぶべきではないか…?

***

過去にこんな本も読んで

私のことだ( ゚Д゚)!

と思ったものです。

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

私はまだ親になったことはありません。

けれど、こども目線で家族を見ていても

どんな親も子どものことを大切に思っているなぁ

ということを

言葉の節々で感じています。

だから、表現方法の違いだけで

親にとってこどもとは

本当に大切な存在なのだと

考えるに至りました。

私の両親も同じだと

思えるようになりました。

親だって、自分のエゴが入ってしまうことは当たり前です。

人間だもの。

それを親子でどうすり合わせていくか

ではないでしょうか。

(お父さん、お母さん、

勝手なことばっかり言ってごめんなさいね。

いろいろ考えたり離れてみたりしてわかったのは

嫌いなところも含めて

家族が大好きだということです。(^^*))

自分の考え方が変わるだけで、

相手との関わり方も変わるなぁと

最近実感しております。

そんなこんなで

愛情表現の方法を学びたいと思い

ベビーマッサージを勉強して

指導資格を取得しました。

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多忙な生活に、謀殺される毎日

看護師だというと、

「忙しいよね。夜勤あるの?大変でしょう?」

と言われることがよくあります。

この際言いますが、

病院で働く看護師に言及すると

看護師の仕事は

自分の命を削って働いている

といっても過言ではないと思います。

生活リズムの乱れは、

体調を崩しがちになります。

生理だって不順なのは当たり前です。

ホルモンバランスの乱れやストレスで

肌も体もぼろぼろになります。

夜勤に関わらず、日勤の仕事でも

時間内に終わることは珍しいことでした。

帰宅は21時、が当たり前の毎日です。

ストレスで、散財します。過食になる人もいます。

看護師が病人になることだって、よくある話です。

私は看護師の仕事は好きです。

やりがいも感じるし、

たくさんの子どもたちや家族に関わることができる

素敵な仕事であると思っています。

けれど、どんなに好きな仕事でも

体が資本です。

続けたくても続けられない。

こんなにたくさんの看護師が

育成されているにも関わらず

慢性的な看護師不足である原因の一つは

これでしょう。

それが多くの病院の現状だと思います。

医師、看護師の働き方改革は

実現するのでしょうか…。

激務の中続けられたのは、

浪人していたあの時に

「自分を知りたい」と思ったわくわくと、

仕事を通して出会った

たくさんの人たちの

おかげだと思います。

何度も何度も”原点回帰”したことが

私を支えてくれていました。

しかし年数が経つにつれて

私は体と心が悲鳴をあげ、

病棟での仕事を続けることが

難しくなりました。

自己働き方改革で、フリーランスナースと出会う

3年目の夏、インターネットで

新たな働き方を検索しているときです。

ちょうどフリーランスという人たちと

よく出会うようになっていました。

看護師のフリーランスっているのかな?

と興味本位で検索をかけてみたところ…

🔄「看護師 フリーランス」

いましたーーーーーー!!!( ゚Д゚)

検索に引っかかったのがこちらのサイト↓

peraichi.com

そして、ゆる活ナースayakaさんのブログ↓

【看護師ブログ】ゆる活ナースがこのブログを赤裸々に書く理由とは…? – ゆる活ナースayakaのブログ

とにかく情報を集めるべく

「フリーランスナースの賢い歩き方」のお茶会に参加。

そこから人生の方向が急転換しました。

看護師の働き方の多様性を知り、

もっと自由に働いてもいいのだと

思えるように。

自分のやりたいことを実現するには

多方向から目を向けることで

可能になるのだと。

そしてもっと自分の体を

大事にしようと思えました。

年度末で退職することを師長に伝えました。

(本当に良い師長さんで、今後を応援してくださる方でした…(;_;))

その後の働き方

退職してから3か月、

大好きな旅に出かけ

自分の内面と向き合い続けます。

その間、派遣看護師をしました。

派遣の中でも添乗看護師(小中学生の宿泊学習に付き添う看護師)を経験しました。

実際に働いてみて、

「派遣」というジャンルを

過小評価していたことを反省しました。

派遣看護師は、自分の実力が

おおいにに発揮される場所でした。

なので、実力が足りなかったり、

何かトラブルがあると

もう仕事をもらうことができなくなります。

病院のような、守られた場所ではないということです。

楽しくもあり、身の引き締まる思いもできて

本当に良い経験がでした。

自分を常に客観的に見つめていくことを

忘れたくないと思った機会となりました。

 

現在は小児の訪問看護師をしています。

多様な働き方をしている看護師と出会い

経験年数に物怖じしない働き方を実現したい。

やる気があれば実現は可能だと

思えるようになりました。

自分のやりたい仕事を、

細く長く続ける道を進んでいきます。

とにかくなんでもやってみる!

一つの概念にこだわる必要なんて

全くないんですね。(^ω^)

わからない自分を受け入れること

悩みの絶えない子ども時代を過ごし

そのまま大人になり

いつも何かと葛藤していました。

ざっくり言うと

自分の実現したいこと VS 周囲の評価

という二項対立です。

将来象も

勉強も

恋愛も

必ず誰かの目を気にして

誰かの評価を待っていて

万人にわかってもらいたい

認めてほしいという承認欲求に

飢えていました。

その結果

満たされない気持ちでいっぱいになり

もっと見てほしいと、

とんでもないことをしてみたり

突然、関係を断ち切ったり。

自分で自分がわからなくなることが

本当にストレスでした。

周囲とうまく

縁を紡ぐことができないと悩み

人と向き合うことを避けて

支えてくれる人が

たくさんいることにも気づけずに

孤独の海にすっかり埋もれていました。

孤独からすくいあげてくれたものたち

そんな私を孤独からすくいあげてくれたのは

家族であり

私のそばにいてくれた友であり

時には厳しい言葉をかけてくれた人達であり

勉強で養った思考であり

価値観をぶっ壊してくれた旅であり

いつでも受け入れてくれる山であり

看護の仕事で出会った全ての人達であり

過去をプラスに変えてくれたコーチングであり

発信を支えてくれるオンラインサロンのミレラボであり

その他の書ききれない点と点同士が

線で結ばれていったことです。

人の心は簡単には変えられないけれど

自分の考え方は変わることができる。

そこから生まれた新たな縁や

遠く離れていた縁が

結ばれていったり離れていったり。

私は「研究対象は自分」だと思っています。

自分の疑問やもやもやした気持ちに真摯に向き合うことで

生きる姿や生きる道が変わることができると実感しているからです。

そしてその向き合い方全てが、目の前の人との向き合い方に反映されています。

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なので自分に向き合い続けることで

人生は良い方向にいくのだと思っています。

私の願いは

  • 子ども達が自律して、生きやすく過ごせること
  •  愛を与えれる、感じれる、受け取れる人が増えること
  • 幸せな家族が増えること

最後まで読んでくださったあなたと共に

幸せになることを受け入れて

心満たされる、平凡な日々が送れますように。

長々としたプロフィール記事でしたが

最後まで読んでくださりありがとうございました!

これからも良い御縁を

紡いでいきます。

出会ってくれた

あなたが好きです。

ありがとうございました(*^^*)

侑子

☟このようなお喋り会も主催しています★

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明日も会いたい人になる。 自分の心のもやもやを解決したい⏩小児看護の道へ。成長の源は、人と旅と看護の出会いから 小児がん3年 / 小児訪問看護1年目 小児医療人集まれ~!の会 主宰(不定期開催)。1992年生まれ。山が好きです。