**Wakuwaka Hutte**

ゆるりと過ごす日常は、小さな旅の積み重ね ~迷える人の憩い場、避難小屋、そして道標~

まずはじめに読んでほしい記事~ゆるりと過ごす日常は、小さな旅の積み重ね~

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〇日ごろ、もやもやした気持ちを抱えている。

〇今の状況がなんとなく居心地悪い。今の自分を変えたい。

〇仕事も楽しいけど、これからの人生に不安がありすぎる。

〇30歳までに結婚しなきゃ…(周りの目が気になる)

 

 

はじめまして

侑子(ゆうこ)です(@kchanotabi)

 

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旅するナースと謳っています(*´ν`*)

気づいたら、ふらふらとどこかへ旅立っているので

傍から見ると、いわゆる『自由人』というやつかもしれません。

 

しかし、冒頭のような悩みと生きてきた

どこにでもいる20代女子。

 

 

『行動力』というものも兼ね備えています。

 

私をざっくりキーワードで表すと

  • 小児の看護師(専門看護師、という意味ではありません!)
  • 旅が好き
  • 山登りが好き
  • 心地よい生き方を模索中
  • わくわくが大事
  • 研究対象は、自分と子供の発達心理

 

冒頭の悩み一覧について

もう一度言いますが

この気持ち、めっちゃわかります!!!

 

好き勝手してそうに見られがちですが、私だって散々悩んできました。

自分のことが嫌いになったこともたくさんあります。

 

20代後半になった今、

これまで抱えてきた葛藤は

自分の財産になると思い、

解決方法や思考過程について

ブログに残していこうと思い、開設しました。

 

ほかの記事見てくれはる前に、

ちょっと私のプロフィール記事

見てってくれへんか~(^ω^)

 

 

1⃣看護師になったきっかけ

将来の夢は

「しっかりしてるけど、なんか抜けてる」

 

友達からよく言われたものですが、

いっぱい失敗もしながら看護師やってます。

とは言っても、昔から看護の仕事をしようと思っていたわけではありません。

 

今までの将来の夢は、看護師、薬剤師、牧場の人、研究者、養護教諭、かばん屋さん(笑)etc.

 

意外と影響されやすいという人間で。

なりたいものの統一感は

ありません。

なんの根拠かわからない

「安定した将来」を求めがちでした。

 

その時々で、たくさん揺さぶられながら

現在は小児看護師として働いていくことにやりがいを感じています。

 

どんなに辛くても、子どもたちに愛情たっぷり注ぐことだけは欠かしません。

きっけかけ

看護師に辿り着いたきっかけは、

大学受験のために浪人生を経験したからです。

 

高校3年生の時の志望学部は、なんと農学部でした。

今と似ても似つきません。

理由は「なんとなく楽しそう」

という安易なもの。

なんとも私らしい理由です。(笑)

 

行きたかった大学がすごく自分の好きな場所にあって、

学部というか、その大学に行きたかった

というのが大きかったですね。

結構頑張って勉強しましたが、

志望大学は不合格でした。

 

第3希望くらいの大学の農学部に

入学することにしました。

***

しかし3月下旬、

家族で沖縄に行っていたときのこと。

 

「あ~、私浪人しよう。」

 

と、突然思い立ちました。

 

打ち明けられた家族のほうは衝撃的すぎて、

今でも

「あの時は本当にびっくりした( ゚Д゚)」

と言われます。

 

それでも私の気持ちを汲んで、

応援してくれた家族には

頭が上がりません。

 

両親のことは正直、

たくさん嫌いになったことがある。

 

けれど

私が浪人して生活が苦しくなっただろうに、

これだけ自由にさせてもらえた。

 

本当に感謝だなぁと思っています。

こんだけしてもらっていて嫌いというなんて

なんて恩知らずな子どもなのだと思います。

 

自分が仕事をして

給料をもらうようになってから

なおさら思います。

 

子ども一人育てるのに、本当にたくさんのドラマがある、、、。

 ***

少し話はずれましたが、浪人をして

もう一度志望校入学を目指すことにしました。

 

間違った目標設定により人生のどん底を味わう

割りと多くの同級生が浪人していたので

独りぼっち、というわけでは

ありませんでした。

 

けれど、辛かったのは

毎日が自分との闘いだったこと

 

そういう意味では本当に孤独でした。

 

叶うかもわからない目標に向かって勉強する。

両親にごはんを作ってもらい、

浪人中の授業料など

たくさんお金を出してもらう。

おんぶにだっこ状態。

 

自分の存在価値を見出せなくなっていきました。

 

自分で決めたことなのに、辛い。

 

何が間違っていたのだろうか。

 

 なんのためにそこまで頑張っているのか。

 

ただかむしゃらに頑張るだけは、意味がない。

 

自分は本当は何をしたいのか

もう一度考えてみよう。

 ***

 

そこで、私考えました。

 

そもそも何が自分を苦しめていたかというと

 

  1. 将来象を、なりたい職業に設定していたこと
  2. 受験勉強に時間が足りなかったのだと思ったこと
  3. 浪人すれば、必然的に国公立大学に行けると思ったこと
  4. 良い大学に行くことに価値があり、合格して周りを納得させたいと思ったこと。
  5. 自分はかっこ悪くない。見下されたくない。周りを見返したい、という愚かな考え。

 

もともと浪人した理由は、

1の「なりたい職業」が見つからなったことが

一番の理由でした。

 

志望校ではない農学部にいって

 自分が大学で、またはその先で

何をしたいのかが見いだせなかった。

 

そもそも大学の授業についていける自信もない。

 

農学部で学ぶことに楽しさを

見いだせたらよかったのだと思いますが

見えなかった。

 

今思えば、

ここで自分の疑問に付き合えたことは

良かったことだと思います。

 

考えを巡らせて、

一旦「職業」のことは置いておくことにして

 

今後の人生で、何を学んでいきたいのか

ということにスポットを当ててみることにしました。

自分の心にスポットを当ててみた結果

私は何を知りたいのか

ということを紐解いていくと

 

私自身を知りたい

 

という答えが返ってきました。

 

これまでの人生で、

自分がわからなくなることがたくさんあったから。

 

自分の感情をもっと理解したい。

 

それが何かの形で他者貢献できるかもしれない、と。

 

調べていくうちに初めて知ったのが

『発達心理学』という分野です。

 

子どもの体の成長発達には、

必ず心の成長発達が伴っています。

 

こどもの心の成長過程がわかれば、

自分のことが理解できていくかもしれない。

 

そう思い、発達心理学を学べるの学部に

入りたいと思うようになりました。

 

あともう一つ知りたかったのは、

自分の体のこと。

 

看護師の母がいたということが

大きかったと思いますが、

「体のことで困ったことは母に聞く」

ということが日常的にあったので

医療関係の学問に興味がわきました。

 

看護学部のことを調べていくうちに

看護学で、こどもの発達心理と体のことを

両方学べる!

ということがわかりました。

 

将来が明確なら、

親にも浪人したことを認めてもらえる。

今後迷惑をかけることも少なくなるだろう。

将来にも繋がっていく仕事だし。

(安定思考、発揮)

 

この学問を目指していくことを決めたとき

自分自身がとても納得したことを覚えています。

 

自分を苦しめていたよこしまな考えは健在でしたが

それでも自分の学びたいことが明確になる

ということは

人生の転機だったのではないかと思います。

 

必要なのは、

 

何者かになるということではなく

その何者という手段を使って

何を実現していくか

 

結局この後、国公立大学には行けず、

一つのことを実現することに

時間が関係しているとは思わなくなりました。

 

おかげで「良い大学に入る

(もはや、良いの定義が何かわかりませんが)

という執着を捨てて

 

もっと自分のできることを伸ばしていこう

 

という思考に転換することができました。

2⃣看護師として働き、自分の生き方を考える

東京で過ごした3年間

地元の京都を離れて、東京で3年間働きました。

働きたい病院があったことと

地元にいることに息苦しさを感じ初めていて、

離れたい気持ちがあったからです。

 

東京で小児がん病棟で働き始めます。

この3年間の経験や、職場の同僚、

こどもたち、その家族との出会いは

本当に今後の人生の財産であると思います。

☟過去の記事 

がんとともに生きるこどもたちとの生活~看護師ができること~ - ⁂WaKuWaKa⁂

 

生きるとは何か

死ぬとは何か

大好きな子どもたちが亡くなっていく現状を見て

何度も考えました。

看護師が彼らに何ができるのだ…と。

 

そして、今を懸命に生きる人たちを見て

自分も今を生きたいと思いました。

過去にとらわれる自分に、疑問さえ感じ始めました。

 

子にとっての親、親にとっての子ってなんだろう

多くの家族と関わる中で

子どもにとって

親ってなんだろうと

ふと考えます。

親との関係が、子どもに大きな影響を与えていると

目の当たりにしてきたからです。

 

私が考えたのは

親は、

子どもにとってのすべてである。

ということ。

 

大人になっていくにつれて、

関わる人達が格段に増えて

世界が広がるので

その様子は変わってきますが

 

幼き子どもたちにとって

親や身近な人たちは世界のすべてです。

そう思うと、看護師としての関わり方ひとつも

本当に考えます。

自分の関わりが、プラスにも

大きなマイナスにも

傾く可能性があるからです。

 

一方で、

親にとっての子とはなんだろうと考えます。

また私の考えですが

存在していることに意味がある

ということです。

 

子どもに障害があるないなんて、関係なく愛おしい。

予後は見込めないけれど、わずかな治療の可能性に賭けたい。

脳死状態でも、一緒に生活していきたい。

 

 看護の仕事を通して

親や、その家族の温かい愛情に

たくさん触れてきました。

 

私は、自分に存在価値なんてない

と思ったことがあります。

でも、本当にそう言い切れるのか?

 

自分という人間は、

必ず誰かにとっても大切な存在である。

自分で自分の存在価値を下げているから、

周りもそのそのように

扱ってしまうのではないか?

 

私はもっと

自分を大切にする術を

学ぶべきではないか…?

 ***

親が子に、明確な愛情表現が

できていなかったり

声を荒げてしまっていたり

そんな場面も見たことがあります。

 

そういう場合はもしかしたら、

愛着形成(特定の養育者と情緒的な関わりを持ち、心と体の安全を形成すること)がうまくいかないかもしれないな

と思う家族もいます。

そういう子どもの中には

「親から愛情をもらえなかった」

と思う人もいるかもしれない。

 

私もそういう人の一人であると

自覚しています。

 

過去にこんな本も読んで

私のことだ( ゚Д゚)!

と思ったものです。

 

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

 

 私はまだ親になったことはありません。 

けれど、こども目線で家族を見ていても

どんな親も

子どものことを大切に思っているなぁ

ということを

言葉の節々で感じています。

 

だから、表現方法の違いだけで

親にとってこどもとは

本当に大切な存在なのだと

考えるに至りました。

私の両親も同じだと

思えるようになりました。

 

親だって、

自分のエゴが入ってしまうことは

当たり前です。

人間だもの。

 

それを親子でどうすり合わせていくか

ではないでしょうか。

 

お父さん、お母さん、

ごめんなさいね。

勝手なことばっかり言って。

 

自分の考え方が変わるだけで、

相手との関わり方も変わるなぁと

最近実感しております。

 ☟こんな記事も書きました

私がこうなったのを親のせいにしてたが、親のせいではなかった、という話。 - ⁂WaKuWaKa⁂

 

そんなこんなで

愛情表現の方法を学びたいと思い

ベビーマッサージを勉強して

指導資格を取得しました。

 

多忙な生活に、謀殺される毎日

看護師だというと、

「忙しいよね。夜勤あるの?大変でしょう?」

と言われることがよくあります。

 

この際言いますが、

病院で働く看護師に言及すると

看護師の仕事は

自分の命を削って働いている

といっても過言ではないと思います。

 

生活リズムの乱れは、

体調を崩しがちになります。

生理だって不順なのは当たり前です。

ホルモンバランスの乱れやストレスで

肌も体もぼろぼろになります。

 

夜勤に関わらず、日勤の仕事でも

時間内に終わることなんてありません。

帰宅は21時だって、当たり前の毎日です。

ストレスで、散財します。過食になる人もいます。

看護師が病人になるのだって、よくある話です。

 

私は看護師の仕事は好きです。

やりがいも感じるし、

たくさんの子どもたちや家族に関わることができる

素敵な仕事であると思っています。

 

けれど、どんなに好きな仕事でも

体が資本です。

続けたくても続けられない。

こんなにたくさんの看護師が

育成されているにも関わらず

慢性的な看護師不足である原因の一つは

これでしょう。

 

それが多くの病院の現状だと思います。

医師、看護師の働き方改革は

実現するのでしょうか…。

 

激務の中続けられたのは、

浪人していたあの時に

「自分を知りたい」と思ったわくわくと、

仕事をしていて出会った

たくさんの人たちの

おかげだと思います。

 

しかし年数が経つにつれて

私は体と心が悲鳴をあげ、

病棟での仕事を続けることが

難しくなりました。

 

自分で働き方改革

3年目の夏、インターネットで

新たな働き方を検索しているときです。

ちょうどフリーランスという人たちと

よく出会うようになっていました。

 

看護師のフリーランスっているのかな?

 

と興味本位で検索をかけてみます。

 

🔄「看護師 フリーランス」

 

いましたーーーーーー!!!( ゚Д゚)

検索に引っかかったのがこちらのサイト↓

peraichi.com

 

そして、ゆる活ナースayakaさんのブログ↓

【看護師ブログ】ゆる活ナースがこのブログを赤裸々に書く理由とは…? - ゆる活ナースayakaのブログ

 

びっくりどきどき状態です。

とにかく情報を集めるべく

「フリーランスナースの賢い歩き方」のお茶会に参加。

そこから人生の方向が急転換しました。

 

看護師の働き方の多様性を知り、

もっと自由に働いてもいいのだと

思えるように。

自分のやりたいことを実現するには

多方向から目を向けることで

可能になるのだと。

 

そしてもっと自分の体を

大事にしようと思えました。

 

年度末で退職することを師長に伝えました。

(本当に良い師長さんで、今後を応援してくださる方でした…(;_;))

今後の働き方

退職してから3か月、

大好きな旅に出かけ

自分の内面と向き合い続けます。

 

その間、派遣看護師をしました。

実際に働いてみて、

「派遣」というジャンルを

過小評価していたことを反省しました。

 

派遣看護師は、自分の実力が

おおいにに発揮される場所でした。

なので、実力が足りなかったり、

何かトラブルがあると

もう仕事をもらうことができなくなります。

病院のような、守られた場所ではないということです。

楽しくもあり、身の引き締まる思いもできて

本当に良い経験ができたと思います。

自分を常に客観的に見つめていくことを

忘れたくないと思った機会となりました。

 

★私がやったお仕事は、添乗看護師(小中学生の宿泊学習についていく看護師)と

健康診断の看護師がメインでした。

 

今後は小児の訪問看護師をしていく予定です。

多様な働き方をしている看護師と出会い

経験年数に物怖じしない働き方を

実現したい。

やる気があればできると

思えるようになりました。

 

自分のやりたい仕事ができて

細く長く働ける道だと思います。

 

とにかくなんでもやってみる!

一つの概念にこだわる必要なんて

全くないんですね。(^ω^)

3⃣わからない自分を受け入れること

 最後に私のマインドのこと。

 

悩みの絶えない子ども時代を過ごし

そのまま大人になり

いつも何かと葛藤していました。

 

ざっくり言うと

自分の実現したいこと VS 周囲の評価

という二項対立です。

 

将来象も

勉強も

恋愛も

 

必ず誰かの目を気にして

誰かの評価を待っていて

万人にわかってもらいたい

認めてほしいという欲求に

飢えていました。

 

その結果

満たされない気持ちでいっぱいになり

もっと見てほしいと、

とんでもないことをしてみたり

突然、関係を断ち切ったり。

 

自分で自分がわからなくなることが

本当にストレスでした。

 

周囲とうまく

縁を紡ぐことができないと悩み

 

人と向き合うことを避けて

 

支えてくれる人が

たくさんいることにも気づけずに

 

孤独の海にすっかり埋もれていました。

 

孤独からすくいあげてくれたものたち

そんな私を孤独からすくいあげてくれたのは

 

家族であり

私のそばにいてくれた友であり

勉強で養った思考であり

価値観をぶっ壊してくれた旅であり

いつでも受け入れてくれる山であり

看護の仕事で出会った全ての人達であり

過去をプラスに変えてくれたコーチングであり

発信を支えてくれるオンラインサロンのミレラボであり

 

その他の書ききれない点と点同士が

線で結ばれていったことです。

 

人は変えられないけれど

自分は変わることはできる。

 

そこから生まれた新たな縁や

遠く離れていた縁が

結ばれていったり離れていったり。

 

始めに「研究対象は自分」と書きましたが、

自分の疑問やもやもやした気持ちに

真摯に向き合うことで

生きる姿や生きる道が変わることができると

実感しています。

 

なので自分に向き合い続けることで

人生は良い方向にいくのだと思っていますので、

そう書きました。

 

長々としたプロフィール記事でしたが

最後まで読んでくださりありがとうございます。

これからも良い御縁を

紡いでいきます。

 

出会ってくれた

あなたが好きです

ありがとうございました(*^^*)

 

侑子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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