葛藤を超えて、ありのままの自分を受け止めることができるようになるまで

こんにちは、侑子(ゆうこ)です(@kchanotabi)

  

「しっかりしているけど、なんか抜けてるよね。」

とよく言われる私です。


旅や山に出かけることが大好きで、気が付くとふらっとどこかへ旅立っています。

  

そんな私は、以下のような悩みがありました。

  • 毎日充実しているけれど、なんとなく満たされない。
  • 今の自分を変えたい。
  • 仕事は楽しいけど、これからの将来が不安。
  • 30歳までに結婚しなきゃ…。(周りの目が気になる)

  

世間体と、理想の生き方の狭間で葛藤しながら過ごしてきました。

  

いくつもの葛藤があった中で、強く思い続けていたことがあります。
それは


”幸せに生きていきたいという願いは捨てられないし、捨てたくない。”
いうこと。

  

誰もが自分を幸せで満たしたいし、大切な人と一緒に幸せに生きていく価値があると願いたいのです。

  

もともとマイナス思考だった私が、長い葛藤を経てありのままの自分を受け止めることができ、自分の幸せを信じることができるようになりました。

どのようにして自分を信じることができ、自分の“個性”と向き合えるようになったのか。

今回はそんな話を書いていきます。
少し長めのストーリーになりますが、気持ちはサクッと呼んでみてください(^ω^)

小児看護師になったきっかけ

志望大学不合格。進む道を探すべく浪人を決意。

私は今、小児看護師として働いています。
看護師に辿り着いたきっかけは、大学受験のために浪人生を経験したこと。

  

高校3年生の時に進学を希望していた大学がすごく自分の好きな場所にあって、私の中で

行きたい学部 < 行きたい大学

という構図が出来上がっていました。
この大学、どーーしても生きたくて、志望大学合格にものずごーーく執着していました。

  

けれど努力の甲斐なく、志望大学は不合格。
その後一旦は、私立大学に入学しようと決めていましたが

突然「あ、私大学行くの無理かも」と糸がぷつんと切れました。。

行きたい大学じゃないのに、なんのために大学に行くのだろう?と。

大学に行く意味を見失った瞬間でした。

  

”自分の進みたい道をもう一度考え直したい。”

   


そう考え直した次の瞬間、浪人を決意していてその旨を両親に伝えていました。

(打ち明けられた家族のほうは衝撃的すぎて、今でも「あの時は本当にびっくりした( ゚Д゚)」と言われます。笑)

  

私が浪人して生活が苦しくなっただろうに、私の気持ちを汲んで、応援してくれた家族には頭が上がりません。給料をもらう身となってからはなおさらです。 

  

家族のことが嫌だなと思ったこともありますが、このときは本当に感謝しかなかった。

その葛藤の記録はこちら

www.tabisurunurse.com

人生のどん底を味わう

高校の同級生が何人か浪人していたので、”独りぼっち”というわけではありませんでした。

けれど、辛かったのは毎日が自分との闘いだったこと

  

そういう意味では本当に孤独でした。

叶うかもわからない目標に向かって勉強する。

両親にごはんを作ってもらい、浪人中の授業料などたくさんお金を負担してもらう。

おんぶにだっこ状態で、次第に自分の存在価値を見出せなくなっていきました。

自分で決めたことなのに、辛い。
自分の進みたい道を見つけたいと思っていただけなのに何が間違っていたのだろう。
なんのために頑張っているのか、わからなくなっていきました。

  

自責の念に押しつぶされそうになっていた。
この思いがきっかけとなり、「ただかむしゃらに頑張るだけは意味がない。自分は本当は何を実現したいのかをもっと考えなけばならない」と思うようになっていったのです。

  

 自分を苦しめているものの正体

考えた結果、そもそも何が自分を苦しめていたものがすこしずつ明かになっていきました。

自分を苦しめていた考え方
  1.  将来象を、なりたい職業に設定していたこと
  2. 受験勉強に時間が足りなかったのだと思い込んでいたこと
  3. 浪人すれば、必然的に国公立大学に行けると思ったこと
  4. 良い大学に行くことに価値があり、合格して周りを納得させたいと思ったこと
  5. 自分はかっこ悪くない。見下されたくない。周りを見返したい、という愚かな考えがあったこと

もともと浪人した理由は、1の「なりたい職業」が見つからなったことが一番の理由でした。志望校でないうえに、自分が大学に入学して卒業した後に何をしたいのかが見いだせず、当時の学力で大学の授業についていける自信も失くしていました。

そこで、「なりたい職」ではなくて

今後の人生で、何を学んでいきたいのか』
ということにスポットを当ててみる
ことにしました。

ここで自分の疑問に向き合えたことが今後の自分の進むべき道へ導くきっかけとなったのです。

自分の心にスポットを当ててみた結果、見えてきた感情

何を知りたいのかということを丁寧に紐解いていく。

そこで、ポッと頭に浮かんだのは

”私自身を知りたい”

ということ。

これまで自分がわからなくなることに、悩み苦しむことが何度もあったからです。

自分の感情をもっと理解したい。

それを知っていくことが、今後私が学びたいことだった。

調べていくうちに興味を持ったのが『発達心理学』という分野です。

補足
発達心理学とは

時間経過に従って生じる心理的身体的変化に関する特徴や法則性、変化を推し進める要因につて検討する心理学の分野のこと。

(発達とは生まれてから大人になる過程での、心と体の変化を指します)

こどもの心の成長発達過程を知っていくことで、自己理解が進むのではないか。

この過程の詳細はこちら

www.tabisurunurse.com

さらに調べていくうちに看護学で、こどもの発達心理と体のことを両方学べる!ということがわかり、小児看護への道が拓けました。

この目標が決まったとき

これが知りたかったんだと、自分自身がとても納得したことを覚えています。

 将来が明確なら、親にも浪人したことを認めてもらえる。
今後迷惑をかけることも少なくなる。

自分を苦しめていたよこしまな考え(↑)は健在でしたがそれでも自分の学びたいことが明確になるということは人生の転機だったのではないかと思います。

  

必要なのは、

何者かになるということではなく

その何者という手段を使って

何を実現していくか

  

結局浪人しても国公立大学には行けず、

”一つのことを実現するために時間が関係している”とは思わなくなりました。

  

おかげで、”良い大学に入る(もはや、良いの定義が何かわかりませんが)”という執着を捨てて

もっと自分の『できる』を伸ばしていこう

という思考に転換することができました。

  

生死に向き合い、自分の生き方について考える

東京で過ごした3年間

大学卒業後、地元を離れて東京で働き始めました。

働きたい病院があったから。また地元にいることに息苦しさを感じ初めていて、離れたい気持ちがあったからです。

  

小児がん病棟で働き始めます。

本当にガムシャラに働いた3年間でしたが、ここでの経験と、職場の同僚やこどもたち、その家族との出会いは本当に今後の人生の財産となっています。

☟過去の記事

”生きるとは何か、死ぬとは何か”

大好きな子どもたちが亡くなっていく現状を見て何度も考えました。

看護師が彼らに何ができるのだ…と。
そして今を懸命に生きる人たちを見て、私も今を生きたいと思いました。

過去にとらわれる自分に、疑問さえ感じ始めました。

  

誰もが例外なく大切にされる存在、という気づき

過去にとらわれていたことの一つは、親のことが「嫌いだ」と思うこと。

実際に働いている中で、

親が子に、明確な愛情表現ができていなかったり
声を荒げてしまっていたり…
そんな場面も見たこともあります。

愛着形成(=特定の養育者と情緒的な関わりを持ち、心と体の安全を形成すること)の育ちが心配だなという家族もいました。

  

このような家庭の子どもたちの中には
「親から愛情をもらえなかった」
という記憶が残る子が出てくる可能性があります。

私もその内の一人であったと
自覚しています。

  

多くの家族と関わる中で、親やその兄弟を含めた家族との関係が、子どもの心の成長発達に大きな影響を与えていることを目の当たりにしてきました。

親は、幼き子どもにとっての全て

幼き子どもたちにとって見える世界は限定的で、親や身近な人たちは世界の全てです。

そう思うと、看護師としての関わり方1つも慎重になります。
自分の関わりが、プラスにも大きくマイナスにも傾く可能性があるからです。

  

じゃあ、親にとっての子どもの存在とは?

きっと存在していることに意味があるのでしょう。

  

  • 子どもに障害があるないなんて、関係なく愛おしい。
  • 予後は見込めないけれど、わずかな治療の可能性に賭けたい。
  • 脳死状態でも、一緒に生活していきたい。

看護の仕事を通して、親やその家族の温かい愛情にたくさん触れてきました。

  

一方で私は、自分に存在価値なんてないと思ったことがあります。

 

でも、本当にそう言い切れるのか?

自分という人間は、必ず誰かにとって大切な存在です。

自分で自分の存在価値を下げていると、周りもそのそのように扱ってしまうのではないでしょうか?

  

私はもっと自分を大切にする術を学ぶべきではないか…?

***

過去にこの本を読んで私のことだ( ゚Д゚)!と思ったものです。

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち (光文社新書)

 

私はまだ親になったことはありません。
けれどどの家族を見ても、子どものことを大切に思っているなぁ、と言葉の節々で感じます。

だから愛情表現の方法が違うだけで、親にとってこどもとは本当に大切な存在なのだと考えるに至りました。

私の両親も同じだったんだと思えるようになりました。

親だって、自分のエゴが入ってしまうことは当たり前です。
人間だもの。それを親子でどうすり合わせていくかではないでしょうか。

(お父さん、お母さん、勝手なことばっかり言ってごめんなさいね。
いろいろ考えたり離れてみたりしてわかったのは嫌いなところも含めて家族が大好きだということです。(^^*))

  

自分の考え方が変わるだけで、相手との関わり方も変わると、最近実感しております。

  

そんなこんなで愛情表現の方法を学ぶためにベビーマッサージを勉強して指導資格を取得しました。

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多忙な生活に、謀殺される毎日

看護師だというと、「忙しいよね。夜勤あるの?大変でしょう?」と言われることがよくあります。

この際言いますが、看護師の仕事は自分の命を削って働いているといっても過言ではない労働環境の中働いています。

  

生活リズムの乱れは、体調を崩しがちになります。
生理不順は当たり前です。

ホルモンバランスの乱れやストレスで肌も体もぼろぼろ。

夜勤に関わらず、日勤の仕事でも時間内に終わることは珍しいことでした。

帰宅は21時、が当たり前の毎日です。

ストレスで、散財します。
過食になる人もいます。

常にどこかに通院していることは、よくある話です。

  

私は看護師の仕事は好きです。
やりがいも感じるし、たくさんの子どもたちや家族に関わることができる素敵な仕事であると思っています。

  

けれど、どんなに好きな仕事でも体が資本です。

続けたくても続けられない。

こんなにたくさんの看護師が育成されているにも関わらず慢性的な看護師不足である原因の一つは過酷な労働環境です。

  

そしてなかなか改善されないことが、多くの病院の現状です。

医師、看護師の働き方改革は実現するのでしょうか…。

  

激務の中続けられたのは、浪人していたあの時に「自分を知りたい」と思ったわくわくと、仕事を通して出会ったたくさんの人たちのおかげです。

何度も何度も”原点回帰”したことが私を支えてくれていました。

しかし年数が経つにつれて私は体と心が悲鳴をあげ、病棟での仕事を続けることが難しくなりました。

  

自己働き方改革で、フリーランスナースと出会う

3年目の夏、インターネットで新たな働き方を検索しているときです。

ちょうどフリーランスという人たちとよく出会うようになっていました。

看護師のフリーランスっているのかな?と興味本位で検索をかけてみたところ…

検索 → 🔄「看護師 フリーランス」

いたんです!!!( ゚Д゚)

検索に引っかかったのがこちらのサイト↓

peraichi.com

ゆる活ナースayakaさんのブログ↓

【看護師ブログ】ゆる活ナースがこのブログを赤裸々に書く理由とは…? – ゆる活ナースayakaのブログ

  

とにかく情報を集めるべく

「フリーランスナースの賢い歩き方」のお茶会に参加。

 

そこから人生の方向が急転換しました。

看護師の働き方の多様性を知り、もっと自由に働いてもいいのだと思えるようになったんです。

自分のやりたいことを実現するには多方向から目を向けることで可能になるのだと。

  

そしてもっと自分の体を大事にしようと思えました。

  

年度末で退職することを師長に伝えました。

(本当に良い師長さんで、今後を応援してくださる方でした…(;_;))

  

その後の働き方

退職してから3か月、大好きな旅に出かけ自分の内面と向き合い続けます。その間、派遣看護師をしました。

派遣の中でも添乗看護師(小中学生の宿泊学習に付き添う看護師=ツアーナース)を経験。

  

実際に働いてみて、「派遣」というジャンルを過小評価していたことを反省しました。派遣看護師は、自分の実力がおおいにに発揮される場所でした。

なので、実力が足りなかったり、何かトラブルがあるともう仕事をもらうことができなくなります。

病院のような、守られた場所ではないということです。

楽しくもあり、身の引き締まる思いもできて本当に良い経験がでした。

  

自分を常に客観的に見つめていくことを忘れたくないと思った機会となりました。

 

現在は小児の訪問看護師をしています。

多様な働き方をしている看護師と出会い経験年数に物怖じしない働き方を実現したい。

やる気があれば実現は何事も実現できる。

自分のやりたい仕事を、細く長く続ける道を進んでいきます。

とにかくなんでもやってみる!

一つの概念にこだわる必要なんて全くないんですね。(^ω^)

わからない自分を受け入れること

悩みの絶えない子ども時代を過ごしそのまま大人になり、いつも自分自身の気持ちと周りの人の反応の中で葛藤していました。

ざっくり言うと

自分の実現したいこと VS 周囲の評価

という二項対立です。

将来象も勉強も恋愛も、必ず誰かの目を気にして誰かの評価を待っていて。
万人にわかってもらいたい認めてほしいという承認欲求に飢えていました。

  

その結果

満たされない気持ちが苦しくて、もっと見てほしいと、とんでもないことをしてみたり突然、関係を断ち切ったり。

  

自分で自分がわからなくなることが本当にストレスでした。

周囲とうまく縁を紡ぐことができないと悩み、人と向き合うことを避けて支えてくれる人がたくさんいることにも気づけずに、孤独の海にすっかり埋もれていました。

孤独からすくいあげてくれたものたち

そんな私を孤独からすくいあげてくれたのは、

家族であり

私のそばにいてくれた友であり

時には厳しい言葉をかけてくれた人達であり

勉強で養った思考であり

価値観をぶっ壊してくれた旅であり

いつでも受け入れてくれる山であり

看護の仕事で出会った全ての人達であり

過去をプラスに変えてくれたコーチングであり

発信を支えてくれるオンラインサロンのミレラボであり

その他の書ききれない点と点同士が

線で結ばれていったことです。

人の心は簡単には変えられないけれど、自分の考え方は変わることができる。

  

そこから生まれた新たな縁や遠く離れていた縁が、結ばれていったり離れていったり。

  

私は「研究対象は自分」だと思っています。

自分の日々の疑問や、もやもやした気持ちに真摯に向き合うことで
生きる姿や生きる道が変わることができると実感しているからです。

  

そしてその向き合い方全てが、目の前の人との向き合い方に反映されています。

なので自分に向き合い続けることで人生は良い方向にいくのです。

私の願いは

  • あらゆる状況の子ども達が自律して、生きやすく過ごせること
  • 子どもたちの居場所があること
  •  愛を与えれる、感じれる、受け取れる人が増えること
  • 幸せな家族が増えること

最後まで読んでくださったあなたと共に、幸せになることを受け入れて心満たされる、平凡な日々が送れますように。

長々としたプロフィール記事でしたが

最後まで読んでくださりありがとうございました!

これからも良い御縁を紡いでいきます。

出会ってくれたあなたが好きです。

ありがとうございました(*^^*)

侑子

☟このようなお喋り会も主催しています★

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明日も会いたい人になる。 自分の心のもやもやを解決したい⏩小児看護の道へ。成長の源は、人と旅と看護の出会いから 小児がん3年 / 小児訪問看護1年目 小児医療人集まれ~!の会 主宰(不定期開催)。1992年生まれ。山が好きです。