**Wakuwaka Hutte**

ゆるりと過ごす日常は、小さな旅の積み重ね ~迷える人の憩い場、避難小屋、そして道標~

16歳の私が言っていた。「他人と比較しても何も始まらない」

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「自分のいいところは必ずあると思う。」

 

16歳の私が、日記に書き記していました。

 

 

こんにちわ!(^^)

侑子です(@kchanotabi)

 

私はかれこれ10年以上

日記をつけています。

 

日記は日々の気持ちのはけ口

 始まりは小6のときで

 

テストで何点取ったかを

ひたすら書くという

何の得もない記録から始まりました。

(なぜそれをしようと思ったかは、記憶にありません。笑)

 

そこから日々思ったことも

書き添えるようになり

 

中学生のときは

B5のノートを日記帳にして

書いていました。

 

毎日書くわけでもなく

 

書きたいとき書たい気持ちを綴っていく。

 

1ページに亘るときもあれば

数行で終わることもしばしば。

 

紙の上をはけ口に

絶えない悩みを書き続けることも多くありました。

 

 

日記を書くと気持ちが落ち着いてくるので

 

 

答えを探すというよりも

頭の整理をしていく感覚で

飽きもせずに続けていました。

 

15歳のある日の日記から

ある日の日記にこう書かれていました。

 

ひしぶりに昔の自分の思いに触れて

懐かしいけど

苦しかった気持ちも

思い出すきっかけになりました。

 

『自分に「明るさ」が欲しいと思い、

ためしてみるけど何かが違う…。

静かにしててもいらいらする…。

今でも誰かの性格を追い続けているあたしがいる。

 

あたしは誰で、どんな人で

どう見られているのか。教えてほしい。

(中略)

 

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15歳のときの日記

だからなのか、誰かが知らないことや

自分と同じ立場に立った人を見て、

浮かれているような自分がいる。

本当に嫌だ。

 …

 

あたしも周りの人のように

自由に生きたい。好きなことしたい。

 

(中略)

 

 

きっと自分できつい人を

知らず知らずに演じていたのかもしれない。

 

どんな人にでも気軽に自分から話しかければ、

あたしのことも気づいてくれるかもしれない。

 

あたしを他の人と比べないでほしい。

ほめるなら、比べるんじゃなくて、

あたし個人だけがやったことについて…。

努力したことについて、ほめてほしい。

ひいきにほめることなんて、いらないし、ストレスになるだけ。

 

あたしだって魅力はある。きっとじゃなくて絶対ある!!

 

 

 

 他人から客観的に見られる自分と、

自分が思う”あたし”にずれが生じている。

 

周りに自分を合わせてみても

なんだか生きにくい。

自分がそれを作り出していることに

薄々気づいているけれど

どうしたら変えられるのか

自分ではわからない。

 

そんな葛藤を長い間抱えていました。

 

中学生のときは

進学塾に通っていて

行きたい高校もあったので

結構勉強していました。

 

でも周りの同級生と

違う過ごし方をしている自分とを

勝手に比べて

周りの目を気にしていたみたいです。

 

自分の努力を

「頭いいからいいよね」と

努力を認めてもらえないことにも

悲しさや寂しさを

感じていたのだと思います。

 

こんなふうに

兄弟、友達、など

周りと比べられることに

嫌気がさしていた。

 

周りから仲間外れに

されたくなかったのかな。

 

過剰に周りと比べられることに

敏感になっていた時期でした。

 

本当は、

自分が比べてしまうから

相手が自分と人を比べているように感じるし

 

他者と比較することで

自分を保っているような人が

自分の周りにいたのだろうと

思います。

 

葛藤から抜け出す、一筋の光

でも、過去の私は

無意識で実行していました。

 

どうしたら自分が生きやすくなるのかを。

 

それは先ほどの日記にあった、この一文。

 

「あたしだって魅力はある。きっとじゃなくて絶対ある!!」

 

そして、16歳の”あたし”が書いていたのはこの文。

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16歳の頃の日記より

 向上が「高上」になっているのはご愛敬で。笑

 

今の私が自己受容できたという

転機を迎えることができたのは、

嫌な自分にも可能性があると

自分を信じ続けることを

あきらめなかったからだと思います。

 

必ず変われる。

なんの根拠もないけれど

自分が自分のことを信じてあげること。

 

たくさん自分に失望したけど

 

それを続けていることで

10年以上の月日を経て

今、良い方向に向かってきているのだと思います。

 

変わるための努力は

誰かに認めてもらうためにするのではなく

自分のためという

本当にシンプルなことなのです。

 

自分は弱い。だから人に頼ること。 

話は変わりますが、

私は高校生のときから

歌手の絢香の大ファンでした。

 

歌詞の中で

「自分を信じて生きる」ことを

常に歌い続けてくれています。

今でも本当に尊敬する女性の一人です。

 

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I bilieve myself

信じることで

全てが始まる気がするの

 

引用:I bilieve - 絢香

 

I believe 2016 ver.(from「THIS IS ME~絢香 10th anniversary BEST~」)

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Life 僕を生きる

もがきながらでも

自分という心で

 

Life 泣いた昨日

立ち止まった昨日

全て明日へ繋がる

 

目の前にある扉をひらけば

はじまりのとき

 

引用:はじまりのとき ー 絢香

情緒不安定な時期、

何度も何度も繰り返し

絢香の歌を聴いていました。

 

自分ひとりでは立っていられなくても、

周りの人の力でも

好きな歌手の力でも

愛する人の力でも

 

誰に頼ってもいいと思うので

自分を見失うことなく

自分のことを信じることを

忘れないでいたい。

 

人の力を借りずして

自分だけで生きていくことは

できないのだと

最近になって

本当に思います。

 

私もそうでしたが

自分ひとりで生きてこれている、と

勘違いしている人が多すぎです。

 

一人で何もできないと

不安に思う必要は全くない。

むしろ私は人に頼ることを

覚えなくてはならないと

思っています。

(自分の課題でもあります)

 

けれど自分の全てを委ねてしまうと

せっかく自分のことを信じていても

軸がぶれてしまう。

 

周りもそれは望んでいません。

 

人の力をうまく借りながら

自分の足で立つことが

大事なのだと思います。

 

自分の「変わりたい」

という思いだって、 

アンテナを立て続けることで

いつか必ず、救いの手に気づくことができる。

 

それが、私にとって

旅やコーチング、

周りにいてくれた人達でした。

 

自分を見失わなければ、周りの人の存在に気づくことができる

私は自分で自分のことがわからない日々を

長いこと過ごしてきたので

周りの人のことを

ほとんど信頼していませんでした。

 

だから、高校1年生くらいまで

人間関係のトラブルは絶えなかったし

「怖い人」と思われることも

少なくありませんでした。

 

自分は弱くない人間だと

ちょっと曲がった考え方があり、

「怖い人」を作り上げていたのかもしれません。

 

あるとき、たまたま実家で

自分の荷物を整理していたときのこと。

 

友達からもらった、たくさんの手紙が出てきました。

 

小中高校生のときによくやっていた

友達とのお手紙交換の山です。

 

内容はほとんどない、と言えるものも

ありましたが(笑)

 

手紙を読み返していると

私は友達に

人間関係のお悩み相談を

たくさんしていました。

 

「○○との関係がうまくいかない。」

「嫌われている気がする。」

 

などなど。

 

今思えば

「もっと、自信もって!」と

言いたくなりますが

 

これだけたくさん相談できる相手がいて

悩みを共有できる人がいた。

友達との関係がうまくいかなくなっても

またすぐに周りにいた友達が

手を差し伸べてくれていた。

 

高校受験のときも

大学受験のときも

たくさんの友達が応援の手紙をくれていた。

 

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友だちから

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私は自分をすっかり見失っていて

こんな大切な友達の存在にも

気づけていなかったようです。

 

いつも孤独で周りと比べたり

おびえたりしていたから

 

関係が悪くなったり

「嫌われている気がする」と

不安になったりしていたのでしょう。

 

過去の自分によって

今やほとんどが繋がっていない友達からの手紙ばかりでしたが

もう会うことはなくても

ここで感謝を述べたいです。

 

そのときは、ありがとうございました。

 

また縁があれば

どこかで会える気がします。

 

自分を生きる

他人と比較しても何も始まりません。

 

どんな立場にいても

隣の芝は青くみえて

その人がどのような立場にいるのか

ちょっと遠くにいる人は

知りもしません。

 

それで

「私はこんなに苦しんでいるのに。

あの人は楽しそうでいいわね。」と

言ってしまします。

 

 他人と比較しても仕方ないし、何も始まらない。

 

今の自分は、過去の自分の選択によって

今を生きているのだから。

 

変わりたいなら

自分を信じて

変われる方向に行くこと。

 

だまって進んでいきましょ。

 

私も時々自分に自信がなくなったとしても

自分を信じることを

忘れないでいたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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